幼少期から天性の才能を発揮
2021年12月に開催されたレスリングの全日本選手権。男子フリースタイル61㎏級に出場した榊流斗は、決勝でリオデジャネイロ五輪銀メダリストの樋口黎に勝利し、2年ぶり2度目の全日本王者に輝いた。「実力が拮抗しているトーナメントで、誰が勝ってもおかしくない状況でした。決勝の相手となった樋口選手は、腕取りがとても上手。高橋(侑希)コーチが何度も対戦していたこともあって、いろいろと話しながら対策を練られたことが勝利につながったと思います」
そんな榊がレスリングを始めたのは幼稚園の頃。親の仕事の関係で愛知県に住んでいたとき、父親が当時中京女子大学(現・至学館大学)のレスリング部で監督を務めていた栄和人氏と知り合い、子どもにレスリングをやらせてみないかと言われたのがきっかけとなった。栄氏といえば、吉田沙保里を筆頭に多くの五輪メダリストを指導した人物だ。「中京女子大のレスリング部にお世話になったときはお遊び感覚でしたが、大会に出場して結果を残すようになると、自分は強いんだと感じるようになっていました」
父親の転勤が多かったため、愛知でレスリングを習ったのは1年ほどだったが、小学生になってからもレスリングを続け、全国少年少女選手権で6連覇、全国少年少女選抜選手権3連覇達成と結果を残した。
憧れの先輩が見せた努力の証
小学生時代の実力が認められ、小学校卒業と同時に、JOCエリートアカデミーに入学した。しかし、全国から選ばれた将来の有望株が揃うアカデミーで、榊は最初の挫折を経験したという。「先輩たちと練習などを共にすることで、自分は強くないんだと思い知らされたんです。自分の本当の実力がわかったときは、挫折感でいっぱいでした。しばらくは、気持ちも落ちていて頑張ろうという気持ちを持てない時期もありました」
JOCアカデミーの先輩には、東京五輪で金メダルを獲得し、大学でもともに汗を流した乙黒拓斗もいた。「乙黒先輩は、とにかく自分が強くなることに貪欲で、意識も高い。自分はあそこまで追い込めないと思うのですが、僕なりの努力で少しでも近づけるような存在になりたいとは思っています」と、目標となる先輩を評してくれた。
大学で2人を指導してきた小幡邦彦監督は、「アカデミー時代から乙黒の努力を見てきたことで、榊にも感じるものはたくさんあるはず。練習の虫だった乙黒のように結果を出すには、どうすればいいか本人もしっかり理解しているはずです」と話してくれた。
2年後のパリ五輪出場で意欲を見やす
アカデミーで挫折を味わうも、努力を続けた榊は、中学時代にも全国大会で優勝を果たし、高校時代には日本代表として2度世界カデット選手権に出場。2年時の出場した大会では男子フリースタイル58㎏級で優勝を成し遂げた。大学は「練習環境が自分に合っていて、トップレベルのコーチ陣が揃っている」と強豪の山梨学院大学に進学。大学1年時には、左肩を手術するケガにも見舞われたが、懸命なリハビリにも励み全日本大学選手権、全日本選手権で優勝を果たした。
「ケガをしたことで、レスリングに対する向き合い方が変わりました。それまでは、がむしゃらに試合をしていた間隔だったのですが、6分間でどういう試合をしていくか、相手はどんな動きをしてくるかなど、戦略的な面を重視するようになりました」
挫折やケガなどのアクシデントをプラスに変えて、自身を成長させてきた榊。今年は、連覇がかかる全日本選手権をはじめ、主要大会での優勝はもちろんだが、大学のチームとしても結果を残したいと語る。「リーグ戦には1度出場した経験があるのですが、まったくチームに貢献できませんでした。個人の成績はもちろんですが、日頃お世話になっている、小幡監督、高橋コーチへの恩返しのためにも、リーグ戦で結果を出したいです」
2024年にはパリ五輪が開催される。「これまでお世話になった人たち、ケガなどで心配をかけた家族のためにも、出場権を獲得してメダルを取りたい気持ちは強いです」。小幡監督も「精神面などまだ足りない部分はありますが、十分に世界と戦えるレベルにある。」と太鼓判を押す。
取材・文/松野友克